ヴィクトリアン・プリンティング 150年前の挿絵付き週刊新聞
額装された二枚の彩色銅版画。
実はこれ、ある著名な週刊新聞の挿絵を切り抜いて額装したものなんです。
まずはこちらの作品から。
川辺で釣りをする三人を描いた風刺画です。若干の荒天というか、風が強く曇り気味な辺りがイギリスらしい天気といえますね。
19世紀にイギリスはロンドンの印刷会社、R・テイラー社(R.Taylor &Co)が新聞社から依頼を受けて、挿絵付き週刊新聞「ザ・イラストレイテッド・ロンドン・ニュース(The Illustrated London News)」1893年4月1日号の挿絵として手掛けた品物。
驚くことに、週刊新聞の挿絵にエッチング(腐食銅版画)を採用しているんです。
腐食銅版画特有の、描線の強弱で表現された陰影。
この週刊新聞はロンドン市内やイギリスのみならず国際的なニュースも取り扱っており、写真技術が普及する以前はこの品の様な画家による挿絵がふんだんに使用されていました。
今日の価値観に置き換えると分かりますが、非常に手間とお金がかけられていますね。
また、ザ・イラストレイテッド・ロンドン・ニュースは世界最初の挿絵付き刊行新聞としても知られ、1842年の初刊から1971年の廃刊までの間に、教科書に載るような歴史的な出来事を掲載してきました。
それらを前提に、この作品に注目してみましょう。
オリジナルの銅版画が制作されたのは1890年で、作者はイギリスの画家ゴードン・ブラウン(Gordon Frederick Browne:1858-1932)。
作品名は「The Three Fishers」、つまり「三人の釣り人」となっています。
牧歌的というか、見ようによっては俗っぽさも感じられる一枚ですが、いったい何を表しているのでしょうか。紐解いてみましょう。
まずこのタイトル、1851年にイギリス人聖職者、チャールズ・キングスレイ(Charles Kingsley)が書いた同名の詩を基にしているものと考えられます。
キングスレイ氏は牧師で、彼の作品も宗教的なテーマを前面に扱っているものが多いのですが、この詩も三人の漁師が生活の糧を得るために出港した先で嵐に遭遇し、命を落とす様子を詠っています。
いわゆる「悲劇詩」に分類される作品。
悲劇詩「The Three Fishers」は1851年の発表以降、19世紀末にかけてイギリス中に広まりました。
この紙面が刊行された1890年代ヴィクトリア朝末期のロンドン市民の間では、既にそれなりにポピュラーな作品だったようです。
それではここでゴードン・ブラウン版「The Three Fishers」に立ち返りましょう。
中年の男性と若いカップル、それぞれのんびりと川辺で釣りをする三人の人物が描かれています。
上述の詩とは似ても似つかない平和な描写になっているのですが、おそらくはユーモア交じりに元ネタの悲劇性を揶揄した風刺画と考えられます。
要するに「今週は大したニュースが無かった」という事なのでしょう。
(因みに、裏面は名士や貴族の訃報欄となっています。)
二点目の作品はヴィクトリア朝時代の御婦人方を描いた銅版画。こちらも英国の週刊新聞で、1871年5月13日刊行の「ザ・グラフィック」の一部を切り抜いて額装したアートフレームです。
因みにこちらの「ザ・グラフィック(The Graphic)は上述のザ・イラストレイテッド・ロンドン・ニュースの成功を受けてその対抗馬的立ち位置で創始されたイギリスの挿絵付き週刊新聞で、初版は1869年に刊行されました。
何らかのスポーツに興じているシーンを切り取ったこちらの作品、タイトルは「バトルドア・アンド・シャトルコック(Battledoor and Shuttlecock※)」。
バトルドア・アンド・シャトルコックとは現代の競技バドミントンの原型となったスポーツで、18~19世紀頃には女性や子供の遊戯としてヨーロッパ各地で楽しまれていました。
羊皮もしくは羊腸を張り巡らせたガットを取り付けた木製のラケット(バトルドア)で羽根(シャトルコック)を打ち合って競うのですが、バドミントンの様な勝敗を競うかたちでは無く、どれだけ長い間シャトルコックを地面に落とさずにラリーを続けられるかを目的に遊ぶものだったようです。
また、同系の競技は古くから世界中で親しまれ、日本の「羽根つき」もアジアのバトルドア・アンド・シャトルコックの一つとして知られています。
つまり、絵の題名がそのまま描かれた女性たちが興じている競技を指しているんです。
ヴィクトリア朝期はイギリス大衆文化が花開いた時代。ファッションも三者三様です。
原画を手掛けたのは19世紀~20世紀初頭に活躍したイギリスの女性画家ヘレン・パターソン(旧姓。後に結婚しヘレン・アリンガムとなる。1848-1926)。
20代のころ、パターソン女史は学業の傍ら挿絵画家として「ザ・グラフィック」紙に作品を提供しており、こちらもそのうちの一つと思われます。
また、イラストレイテッド・ニュースペーパー社(ザ・グラフィックの版元)は後年この作品の版権を貸与したか販売したかしたようで、何年後かにアメリカで出版された週刊新聞にこの作品が流用されていることを確認できます。
余談ですが、裏面はバトルドア・アンド・シャトルコックについて詠った詩(作者はイギリスの詩人アルフレッド・グレーヴス/Alfred Perceval Graves:1846-1931)に始まる、イギリスの庭園や名勝についての抄録記事や小旅行に関する読み物が掲載されています。
二点とも横浜店で展示販売しています。
※正式にはBattledore and Shuttlecockですが、作品タイトルはこのスペルで書かれています。
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